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三上千代

(1891〜1978)

 

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栗生楽泉園
リー女史
三上千代
服部けさ

 三上千代は山形県新庄藩士族の家に生まれた。山形高等女学校を卒業し、1910(明治43)年17歳の時、南伊豆の伝道館に勤務、伊豆半島で無教会主義の伝道をつねとしていた。その時らい患者の少女に出会い、「私が奉仕しなければならないのはこうした病者だ」と心に決めた。

 1917(大正6)年5月、リー女史の招きにより湯之沢で事業を手伝うことになった。しかし、人口300人の部落で医者の資格のない一看護婦ではどうにもならず、リー女史に訴え11月服部けさ医師を迎え「聖バルバナ医院」の看板を掲げ患者の治療を始めた。

 大正13年10月、服部けさと相談の上、リー女史の事業を離れ「鈴蘭病院」をつくったが、開院23日目に服部けさは昇天した。

 服部医師を失った三上は全生病院へ戻り一時勤務したが、大正14年に光田健輔の援助を受け、草津に平屋を新築し「鈴蘭村」を開いた。

 1941(昭和16)年には宮城県に患者家族の児童保育所(第二鈴蘭園)を開設した。昭和33年6月、ナイチンゲール賞を授賞。昭和53年85歳で昇天。

 

財団法人・社会福祉法人 藤楓協会さんの資料を引用させて頂きました。

 

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